メリークリスマス! 整体おばさんが聖書を読んでみたら14

聖書のことば
 メリー クリスマス ! Have you been a good boy?

 

今年は、以前ほど世の中がクリスマスイベントをしていないような気がする~。

私の思い違いかな。

クリスマスはみんな知っている。お寺でさえクリスマスイベントをしているところがある。受ける~受けるよ~。

 

クリスマスってイエス・キリストのご降誕を感謝する日

12月25日はイエス様の誕生日ではないようだ。

クリスマスはキリストのミサってことらしい。Christ + mass

つまり、クリスマスは真の神を礼拝する日!

そう、クリスマスは、二千年近く前にイエス・キリストがユダヤのベツレヘムで生まれたことを感謝する日なのね。

ケーキを食べて子供たちがプレゼントをもらう日ではない! 私ももらえないし~。 

でも、子供達の楽しみを取っちゃいけないね。

 

神様は霊とまことの礼拝をのぞんでおられる

チャールズ・ディケンズの小説で「クリスマス・キャロル」というのがある。

ロンドンに住む鬼強欲爺のスクルージーに、亡くなった共同経営者だったマーレイがクリスマス前夜に亡霊となって現れる。そして過去、現在、未来の姿をスクルージに見せて、彼に貪欲な者がどんな悲惨な運命を辿るかと言うことを教える。スクルージの中にあったほんのちょっとの優しさが翌日のすばらしいクリスマスを迎えることになる。

なんとこの本は1843年12月に出版されている。

1938年12月にアメリカで映画になって以来、色々と映画化されている。



クリスマスはみんながいい人になる日。なんとね~、幸せなこと。

Have you been a good boy ?

私の出身校は、クリスマスの四週間前から待降節(アドベント)の期間に入り、2学期のテストが終わったらクリスマスページェント(キリスト降誕劇)が生徒によってなされた。母マリアと養父ヨセフ。羊飼いたち、東方の三人の博士たち。この役は小、中、高校生が。幼稚園部の一番小さな園児が生まれたばかりのイエス様の役。可愛かった~。

寒い冬の雪の日にイエズス様は馬ぶねの中でお生まれになりました。この世においでになりました~.

罪で汚れた人々を、赦し幸せになさるため、十字架におつきなりました。お苦しみになりました~。

もし悪い子になるならば、その十字架のおんきずをますますおいためするでしょう。だから、良い子になりましょう~。

クリスマスの聖歌。

若かった私たちは「あの子、嫌い。」などと言ったらイエス様が悲しまれると自分を責めたものだったな~。ほんまかいな~。(^^)

 

でも、真理を知って自由となったのです。

聖書はなんと言っているか!

「罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。」(ヨハネのの福音書16章9節)

「信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。」(マルコ16章16節)

神様をイエス様を信じないことが罪なんだ! びっくりした~。

信じたら罪じゃないんだ! なんてこった~。 若い頃の刷り込みの呪縛から解かれた!

「こういうわけで、今は、キリスト・ イエスに ある者が罪に定められることは決してありません。」ローマ人への手紙8章1節)

すごいじゃない! すごいでしょ?!

この歌は「寒い冬の雪の日に」って、ホワイト・クリスマスだけれど、母マリアがイエス様を産んだという知らせを天使に告げられた羊飼いは、夜に野宿して羊の群れを見張っていたのだから寒い冬ではないはず、雪も降っていないはずね。

こんな聖歌も歌ったわ。

夕闇迫るダビデの村 なれぬ旅路に疲れし身を 乙女マリア いこいたまいぬ うまやのうち~ 

もう40年以上前の思い出話し。

私の話はいつも昔の話。 昨日のことは忘れても昔のことは覚えているお年頃。仕方がないわね。トホホ。

 

クリスマスはイエス様の誕生を感謝して礼拝する日。

 

「まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」コリント人への手紙第一 2章9節)

私達はイエス様を信じた時、自分が想像することもできなかった神の子とされた。なんということでしょう~。

みことばは真理

今日もおばさんは聖書を開きます。👓👓👓

 

マタイの福音書1章18節から読んでいこう。

「イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。

夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。

彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。」

 

 神の一人子であるイエス様。

 

「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

この方は、初めに神とともにおられた。

すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」(ヨハネの福音書1章1~3節

天地創造の時、「光よ。あれ。」という神のことばで光ができた、そのことばであるイエス様。

その神の子が、神のことばであるお方が肉体をもってこの地に来られた。wow

「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」(マタイの福音書1章21節

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受胎告知を受けたマリアは天使に言います。

「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」(ルカの福音書1章)

天使は答えます。

「神にとって不可能なことは一つもありません。」 

マリアは言います。

「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」

私のようにすぐに「イヤ~ン」と言わなかった従順なマリア。ワンダフル!

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。」(ヨハネの福音書3章16節

神様が、イエス様をこの世に遣わされたのは、さばくためではない!って書いてある。

御子によって救われるため!って。

 

どのように?

「御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。」 

そうなんだ~。

イエス様を信じたら、神にさばかれない!

イエス様はさばくためではなく、私達を救おうとこの地に来て、私達のすべての罪、恥、病気を負って十字架に架かり、死んでよみに下り、三日目に復活された。hallelujah!

 

私達はイエス様を自分の主とし、イエス様が三日目に復活されたことを信じて、病気、経済の問題の呪いと第二の死に行くべき者が、イエス様によって解決され、イエス様の復活にあずかる者とされる! 

どんなけの祝福だ! 

我が師は言われる。「言いましょう! 私は赦されています。私は神に愛されています! 私は神に祝福されています。イエス様の名で、アーメン。」

 

イエス様は言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

イエス様が天国に行ける唯一のであり、真理であり、いのち

そのためにイエス様のこの地に来られて 救いの道を完成させられた。

神様は言われた。

「私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。」(申命記30章19節)

 

おばさんはあなたが、いのちを選び、祝福の道を行かれることを願っています、です。

メリー クリスマス! 素敵なクリスマスを! アーメン

God bless you !

 

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恵那レーマミニストリー https://www.ermbible.net/



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